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低線量放射線の健康影響をどう考えるか
竹野内さんからコメントをいただきました。最近は「ペトカウ効果」を検索しておいでいただける方がほとんどいなくなっていたのでちょっと驚きました。ありがとうございます。

失礼ながら「この本の訳者より」の「この本」が何を指すのか最初理解できず,少々困惑してしまったのですが,ペトカウ効果に関する本を出版されているのですね。勉強不足で申し訳ありません。

個人的に,ペトカウ氏の論文についてはスターングラス博士が盛んに引用されている1972年の論文以降のものも手に入る範囲でいろいろ読ませていただきましたが,氏の研究成果については私自身も異論を挟むつもりはありません。しかし,ペトカウ氏の研究成果とその主張が,スターングラス博士の主張したい内容と本当に一致しているのかどうかと言うと,私自身が調べた範囲については,かなりの疑問を持っております。

残念ながら,ご紹介いただいたスターングラス博士の著書はまだ拝見しておりませんが,様々な方が喧伝されている博士の主張の内容を聞く限り,どうしてペトカウ氏による細胞内でのSODの効果をここまで完全に無視し続けているのかという一点で,どうしても信用する気持ちになれません。もしかすると,博士自身はこれについてもどこかで言及されているのかもしれませんが,博士の主張を世に広めようとされている方々には,ペトカウ氏の(個人的にはメインだと思っている)業績を無視している(もしくは全く知らない)ように見えるのが残念でなりません。また「低線量の方が危険だ」という主張を現在の首都圏などで観測される放射線量レベルに適用する際に必ず生じる,「じゃあ,自然放射線の影響はどうなるんだ」という素朴で根本的な疑問にも,スターングラス博士の説は明確な回答を与えているとは言いがたいと思っています。

また,仮に低線量側で被曝によるリスクが,LNT仮説における線形予測よりも高いリスクが発生するとしても,疫学的に有害であることが明らかになっている100 mSvよりも高いリスクが存在しているとは思えません。なぜなら,もし100 mSvよりも有害であるのなら,すでに低線量被曝による影響が疫学的に検出されているはずだからです。しかし,今現在そのような明確な調査結果はありません。それならば,低線量側の増加分,たとえば0.1 μSv/hの被曝は,高線量側であればどのレベルの被曝と同等のリスクが生じているのか。0.1 mSv/h相当なのか,それとも10 mSv/h相当なのか。まずそこの定量的な議論がなければ,低線量被曝のリスクを定量的に見積もり議論することは不可能なはずなのですが,そのような定量的な議論を私はまだ見たことがありません。

その説を補強するための理論的な背景としてin vivo,せめてin vitroでの「定量的な」議論が主流となっていないようにしか見えない(ペトカウ氏の一連の研究成果は,in vivoにおいてスターングラス博士の説を否定していますし,過去に行われた動物実験の結果からもスターングラス博士の説は否定されているようです)現状で,しかもその説を支援するような疫学的なデータも見つけられていない今の私の現状では,いくらスターングラス博士が一生懸命頑張っているというお話を伺ったとしても,残念ながらその説を素直に信用することができません。もしご存知であれば,スターングラス博士の説を裏付けるような調査結果の一次情報について,ポインタをご教示いただければと思います。

そして,自然科学系研究者の健全性を固く信じている青臭い私としては,自著よりも論文を重視したい気持ちが抜けきれません。たとえスターングラス博士自身が何らかの原因で無視されているとしても,そこに事実が存在するのであれば必ず他の誰かが再発見するのが,(少なくとも現代の)自然科学というものだと思っています。

現実問題として,低線量放射線の健康影響に関係する議論の一つとして,α線などによるバイスタンダー効果(これについてはもうちょっと勉強して,きちんと紹介したいと思っています)などについては積極的に研究が進められ,議論も深められています。もちろんバイスタンダー効果に関する研究は,きちんとした権威ある査読付の論文誌に数多く掲載されています。これらの領域は同時に見られるγ線による適応応答などと同様に,低線量放射線が細胞などにどのような影響を与えるのかという問題を明らかにするために,そのシステムの解明が精力的に進められています。そして,ペトカウ氏の研究はこのような分野の先駆的な研究の一つとして評価されるべき内容だと思っています。

しかし,同時に行われている高放射線地域における疫学調査などの結果では,低線量放射線による明確な健康被害に関する証拠は見いだされておらず,繰り返しになりますがスターングラス博士が主張されているような結果は,少なくとも私が調べた範囲では立証されていないようです。博士の主張は,もし無視できないような事実として存在しているのであれば重要ではありますが,低線量被曝をした子供は知恵遅れになりやすいなどという主張は不必要な偏見や差別を生み出しかねない主張ですので,その評価は慎重であるべきだと思います。

グロイブ氏やスターングラス博士同様,低線量放射線が健康に与える影響やそのシステムを何とか見つけ出そうと多大な労力をかけて真摯に努力している研究者はそれこそ星の数ほどいます。そして,彼らの努力の成果の一つとして現在コンセンサスを得ている認識は「in vitro の実験では,細胞に対する影響は明らかに存在する。しかし,in vivo にはその影響をキャンセルするシステムが明らかに存在する。そのため,結果として健康への影響も存在するのかもしれないが,疫学的な調査で有意差が出るほどのレベルでは無い微少なものである。」というものだと理解しています。

その上で,ICRPは「微少かもしれないがあるかもしれない影響は極力排除するように努力すべし」という理想の元に活動を進めています。しかし,日本政府はそのような理想をかかげたICRPの基準よりもさらに厳しい対応を検討しています。ですが,それにも関わらず,それ以上のものを国民が求めているのが現状であると思います。このような堂々巡りの無い物ねだりを繰り返しても非効率であるばかりか,何のメリットも生み出さず,かえってデメリットばかりが拡大してしまいます。このような状況はリスクマネジメント的には容認できるものでは無く,回避すべき状況の一つです。

広島・長崎で被爆された方々の追跡調査,核実験によるフォールアウトの影響調査,世界各地に存在する高自然放射線地域での疫学調査,チェルノブイリ事故の被害者を対象とした各種の調査,そのいずれもが低線量被曝による明確な健康被害の存在を認めていません

昨今話題になっている内部被曝についても,α核種が大量にばらまかれた広島・長崎はもとより,知見不足と対応の不備により無秩序に汚染された食品が出回り続けたチェルノブイリのケースと今回のケースを比較すること自体にも問題が無いわけではないのですが,それでもチェルノブイリ事故後の追跡調査の結果では,セシウムの内部被曝による健康被害は見いだされていません。よう素による甲状腺ガンの増加は疫学的に見いだされたのにも関わらず,です。と言っても,これはよう素が人体において特異的に甲状腺に集中して蓄積される=放射線による影響も集中する,のに対し,全身の筋肉に分散しながら体外に排出され,結果的に人体に対する影響が薄められているセシウムの特性を考えれば十分に納得できる結果だと思います。

現代社会において,放射線は,原子力発電所を除いたとしても,医療を始めとする様々な分野で有効利用されている「ツール」の一つです。もちろんいくら有効なツールであったとしても適切に利用しなければ,自動車の交通事故や飛行機・列車の事故のように人的被害を容易に発生させてしまうリスクが存在します。であるからこそ,どのような場合に事故が生じるのか,どのようにすれば事故が発生する確率を抑えることができるのかということが,数多くの研究者たちによって検討され続けています。彼らの大部分は,マスコミに取り上げられて一般の人に名前を知られることも,一般向けの講演会に演者として招待されることも,自著を出版することもなく,一般的なサラリーのみを報酬として黙々と研究を続け,社会に貢献し続けています。そして,自然科学の基盤と源流を構築しているのは,テレビやマスコミに数多く顔を出し名前を売り続けている研究畑出身の方々では無く,こうして日々黙々と研究を続けている,誰にも,名前どころかその存在すら知られることのない場末の研究者たちの集合知だと思っています。

青臭いですね。わかってます。きっと「そんなことない。研究者なんてもっとドロドロしていて信用ならない連中の集団で,ほとんどは国や大企業の御用学者だ。」と思ってる人たちの方が,今の世の中は大多数を占めているんだろうな,と日々の報道やネットでの検索結果を見るたびに思ってます。

もちろん,世の中のこういった認識は,世間との関わりを軽視してしまいがちな研究者の行動様式がそもそもの原因であるという自覚もあるわけなんですが,それでもやっぱり凹みます。ですから,この辺の話はちょっと意固地になって感情的になっている部分があると思います。

しかし,もしスターングラス博士の知見が正しいのであれば,必ず他の人たちが同様の結果を出し続けます。同様の結果が出続ければ,絶対に無視できない流れが研究者の間で作られます。研究者は,それまでの常識にとらわれすぎているから常識を無視した理論は無視される,と言う人がいます。でも,それは本当の研究者を見たことが無い人たちの意見だと思っています。

たとえば,今はすっかり懐かしい常温核融合フィーバーの時。その実験結果を初めて知ったほとんどの研究者は「そんなバカなことが起きるわけ無いだろう」と思いました。でも,同時にほとんどの研究者は「ほんとだったら面白い」と思い,世界中で常温核融合の触媒として用いられたパラジウムの値段が急上昇してしまうほど,こぞって実験を繰り返しました。残念ながら,最初の実験には再現性が見られないことが確かめられ,結果的にそれまでの常識の方が正しかったことが証明されてしまったわけですが,数多くの研究者たちが(結果的に破れたとは言え)「常識」にチャレンジしたのは事実です。

たとえば,田中耕一さんがTOF MSでタンパク質の分子量を測定したと報告した時,博士号も持たない一介の民間会社の研究員がそれまでの常識を覆すような結果を出せるわけがない,などと無視したりせず,当時からこの分野で世界的に有名だったドイツのグループが,田中さんの学会講演の英文抄録を参考にして,現在ではタンパク質を研究する上で欠かすことのできない重要な分析法であるMALDI-TOF法を確立したのは有名な話です。

スターングラス博士が最初に自説を発表してから,すでに50年近く。第二次世界大戦後,ひたすら加速を続ける自然科学の世界では,それ以前の数百年を凌駕する勢いで様々な研究が繰り広げられてきました。その様な中で,完全に世界から忘れ去られているわけでもないのに,彼の説を支持するようなデータが主流にならないと言うことは,もちろん今後彼の説を支援するようなデータが出てくる可能性は「ゼロでは無い」わけですが,現時点で得られている知見からでは,残念ながらそういうことなのだろうと判断せざるを得ません。ですので,もしスターングラス博士の知見を支持するような論文や調査結果などについての一次情報の存在をご存知の方がいらっしゃいましたら,ぜひご教示いただければと思います。

私は,スターングラス博士や竹野内さんをはじめとするみなさんの活動にも敬意を表したいと思いますが,それ以上に,華やかな舞台で誰かにその名を知られることがなくても,ひたすら地道にデータをとり続ける数多くの研究者たちの努力に対しても敬意を払いたいと思っています。

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気になる化学リスク | 19:22:21 | Trackback(0) | Comments(14)
放射性セシウムによる稲わら汚染はどのくらい怖いのか
ご無沙汰しております。前回書いたペトカウ効果の話はそれなりにご好評をいただけたようで,本当にありがとうございます。ただ,ペトカウ効果については今でもかなりの誤解がどんどん広まっているようなのが非常に残念です。

ペトカウ氏自身の研究結果は,残念ながら「ノーベル賞級の発見」ではありませんが,前回のエントリにも書いたように非常に誠実な科学的にも十分頷ける成果であり,きちんとした査読のある論文誌に掲載された立派なものです。ですから,彼が「狂人扱いされた」などという事実もありません。

また,先日の論文で照射された線量は,現在首都圏で話題になっている線量よりもはるかに高いレベルのものであり,100歩譲って原子力関連施設などで作業している作業員が何らかの被曝事故に遭った場合や,放射線治療を受けている患者さんに適用することは可能かもしれませんが,その1/1000以下の線量率しかない状況に当てはめられるかどうかと言うと,かなり微妙です。

しかも,それ以前の問題として彼のその後の研究で,SOD存在下ではこのような影響はキャンセルされることを彼自身が実験的に確かめており,同様のキャンセル効果は細胞中でも同様の成果を得ていますから,SODを元々持っているヒトの場合でも,物理的に同様の効果が発生する可能性はあっても実質的には起こらない。と考えるべきです。この辺りが,in vivoin vitro の大きな違いですから,実験事実の適用範囲を考えずに闇雲に一つだけの実験結果を援用するのは控えるべきだと思います。

また,SODが活性ラジカルを除去することにより,放射線による遺伝子破壊を防ぐ効果を発揮するという事実は,「適応応答」と呼ばれる現象の原因の一つではないかとされており,個人的にはこの「SODの存在が低線量放射線が細胞に与える影響を減少させる」という効果のことこそ,「真のペトカウ効果」と呼ぶべきでは無いかと思います。

さて,前置きが長くなりましたが,今回の本題は先日から話題になっている放射性セシウムによる稲わら汚染の問題です。

さて,最近全国各地で放射性セシウムに汚染された稲わらが発見されており,非常に問題になっております。そもそも最初に問題となったのは,基準値を超える放射性セシウムが牛肉から検出されたことによります。

その時検出された放射能は最大で3,200 Bq/kg3,400 Bq/kgでした。

この牛肉を摂取したことによる人への影響を計算すると,検出された放射性セシウムが全て実効線量係数の大きい134Csとして計算すると,経口摂取時の実効線量係数は1.9×10^-5 mSv/Bqですので,この牛肉1 kgを食べたことにより生涯(50年間)を通じて受ける線量は61 ~65 μSvとなります。もっとも,セシウムの生物学的半減期は70~80日と言われておりますから,最初の1年間で大部分は体外に排出されてしまいます。それでも,この放射性セシウムが体内に残留する1年間に浴びる自然放射線量が 1 mSv(= 1,000 μSv)程度であることを考えれば,特に問題になるような線量ではありません。それに,普通の人なら一度に牛肉を1 kgも食べないでしょう(それ以前に私なんかは国産黒毛和牛を1 kgも買えませんが(^^;)から,さらに影響は小さくなることが期待されます。

一応,この辺の話はだいぶ前にほうれん草からよう素131が検出された時にも話題にしましたので,以前から読んでいただいている方には,特に目新しい情報では無いと思いますので,今回は稲わらの方に着目してみたいと思います。

報道によりますと,この牛を出荷した農家に保管されていた稲わらからは75,000 Bq/kgの放射性セシウムが検出され,一日に1.5 kg程度与えていたとあります。

どのくらいの期間この稲わらが与えられていたのかの詳細についてはわかりませんが,4月上旬まで野外に放置されていたということから,仮に5月と6月の2ヶ月間,計60日与えられていたとします。

すると,この牛は 75,000 Bq/kg x 1.5 kg / day x 60 day = 6,750,000 Bqの放射性セシウムを食べていたことになります。

これに対し,肉から検出された放射性セシウムは最大でも3,400 Bq/kg。肉牛の体重は,こちらの資料などを見るとだいたい400 ~550 kgくらいが一番多いようですが,ちょっと大きめに600 kgだったとしても 3,200 kg /Bq x 600 kg = 1,920,000 Bqとなり,全体の放射能が1/3以下になっていることがわかります。600 kgはそこそこ大きい方のようですし,骨や内臓などの重さも含まれていますから,もしかすると実際には1/4程度になっている可能性もありますし,もしかするともっと短い期間しか与えていなかったとすれば,もっと割合は大きくなるかもしれません。しかし,半減期の短い方の134Csでも2年程度ありますから,この減少分は崩壊による減少ではなく,代謝やその他の理由による減少としか考えられません。ですので,少なくとも一部の方が懸念されているような「生体濃縮」などは全く起きていないことだけは確かなようです。

また,先ほども少し振れましたが,ヒトにおけるセシウムの生物学的半減期は70~80日程度とされていますが,この値は体表面積に比例して長くなると言う知見も得られております。牛は明らかにヒトより体表面積は大きいと思われますので,さらに生物学的半減期は長くなっている可能性は高そうです。ということは,代謝により排出された部分もあるでしょうが,それ以前に食べた全量が体内に残留するわけでは無い,つまりある程度の量が摂取後速やかに体外に排出されていることも確かなようです。

しかし,そう考えると稲わらなどの粗飼料における放射性物質の暫定基準値300 Bq/kgより100倍以上も高い75,000 Bq/kgもの放射能を持つ稲わらが与えられた今回の事例でも,基準値の10倍程度しか残留していなかったのはどうしてなのでしょうか?この300 Bq/kgという基準値には意味や設定された理由があるのでしょうか?

もちろん,基準値がこのような値に設定されたことには理由があります。

こちらは農林水産省消費・安全局が出した「原子力発電所事故を踏まえた粗飼料中の放射性物質の暫定許容値の設定等について」という通知です。ここにちゃんと理由が書いてます。

曰く,「暫定許容値は、乳用牛から生産される生乳や、通常の肥育期間(15ヶ月以上)で肉用牛から生産される牛肉が食品の暫定規制値を超えないように、現在の科学的知見に基づいて設定しています。

つまり,放射性セシウムに汚染された粗飼料を15ヶ月間食べ続けた場合を想定した規制値になっているのです。ですから,最大でも5ヶ月弱しか食べさせていないような状況では,非常に高い放射能が検出された稲わらを与えた場合でも,この程度しか牛肉中に残留せずに済んでいるわけ何ですね。

とはいえ,設定された1/3程度の期間に100倍以上の稲わらが与えていたのにこの程度で済んでいると言うことは,逆に言えば,それだけ安全に対するマージンが取られているという大きな証拠でもあります。そのような事実を考えれば,放射性セシウムに汚染された稲わらが見つかったから,そしてそれが牛に与えられたからと言って,すぐに牛肉や牛乳が全部ダメになるわけじゃないことも明らかだと思います。

さらに言えば,牛肉中放射性セシウムの暫定基準500 Bq/kgという値自体も,その全てが実効線量係数の大きな134Csだったとしても,そこから与えられる線量は9.5 μSvにすぎません。つまり,牛肉中の基準自体も健康被害を十分に防げると考えられるマージンを含んだ値が設定されているわけですから,基準値を超えた牛肉を一度や二度食べたからと言って,どうこうなるわけはありません。

確かに,予想以上に広い範囲で高いレベルの放射性セシウムに汚染された稲わらが発見されており,これまでの稲わらの管理態勢の甘さは批判されるべきであったように思いますし,長期間にわたって汚染された飼料が与えられ続ければ,影響が大きくなるのは当然です。なので,今後はさらに管理態勢の徹底を行うべきだと思います。

しかし,そういう長期的な管理上の問題と健康被害に関する問題は全くの別物です。なぜなら,基準値や規制値というものは健康被害の有無を判断の基準に用いて作られた値ではありますが,その目的は長期的な管理の基準を明らかにすることにあるからです。

以前から食品や安全に関する様々な基準値設定に関する話のたびに繰り返してきたとおり,基準値というものは,「それだけを長期間大量に」摂取し続けた場合を想定し,そこにさらに十分安全であるために必要なマージンを取って設定されていますので,「基準値を超えたものを放置するのは危険ですが,瞬間的に超えただけなら大丈夫」なモノだということを,ぜひ理解していただきたいと思います。

相変わらず長々とした文章になってしまいましたが,ご質問やご指摘などありましたらどうかよろしく御願いいたします。

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気になる化学リスク | 12:48:47 | Trackback(0) | Comments(2)
「ペトカウ効果」は低線量被曝が健康に大きな影響を与える根拠となるのか?
(2011.6.17 一部加筆修正しました)
まただいぶ間が開いてしまいましたが,今回のテーマは表題の通り「ペトカウ効果」です。

きっかけはtutujiさんにいただいたコメント中にあった「ぶらぶら病」というキーワードが気になったからです。

ぶらぶら病の詳細については,私自身もGoogleで引っかかってくるレベルの知識しかありませんので詳細についてはコメントしませんが,その根拠として「ペトカウ効果」や「ペトカウ実験」などのキーワードが必ず出てきたので調べてみる気になったと言うことです。

さて,このペトカウ氏(A. Petkau)ですが「医師」であるという紹介もされているようですが,正式の所属(少なくともこの研究をした当時の)は論文では「Medical Biophysics Branch, Whiteshell Nuclear Research Establishment, Atomic Energy of Canada Limited」と記載されていますので,カナダ原子力公社(AECL)のホワイトシェル原子力研究所の研究員(もちろん医師免許を持っているのかもしれませんが)のようです。

さて,問題の論文を探してみたわけですが,「ペトカウ効果」で検索すると「1972年に偶然放射性ナトリウム(22Na)を実験溶液中に加えてしまい,この効果を発見した」という逸話が紹介されています。と言うことで調べてみますと,該当しそうな論文は1972年にHealth Physics誌に発表された「Effect of 22Na+ on a Phospholipid Membrane」(Petkau, A. (1972). Health Physics, 22(3), 239.)ではないかと推測できました(実際に投稿されたのは1971年のようですが)ので,早速取り寄せて読んでみることにしました。

残念ながら,「偶然加えた」などという逸話は論文中には全く書かれておらず,それどころか「放射線の照射量と膜破砕の関係を詳細に定量的に観察できるようにこういう実験系を考えた」みたいなことが書かれています。また調べてみると,以前から22Naを使って膜浸透性の評価などをしたりしている(Petkau, A., & CHELACK, W. S. (1970). Biochim biophys acta, 203(1), 34–46.)ので,なんとなくその逸話の存在自体が一瞬怪しく思えてしまいましたが,偶然の結果でも最初から考えていたように記述したり,講演などで面白おかしく話をしたりするのは研究者の常でもありますので(ぉ その辺は軽くスルーするのが紳士的な態度というものでしょう。

さて,冗談はさておき中身を見てみましょう。

この論文のそもそもの目的は,放射線照射による細胞膜の破壊はどのような量的関係で進むのかを明らかにすることです。このような目的には,水解小体とも呼ばれるリソソームが実験対象として用いられたりしていたようですが,実験条件を整えることや観察が難しいため,その代替としてりん脂質二重膜が適用できるかどうかと言うことが実験の焦点になっています。りん脂質二重膜というのは,生体中に存在するりんを含んだ脂肪鎖が集合してできあがるもので,化学的な性質としては石けんなどを水に溶かした時にできるミセルと親戚くらいの関係にあり,細胞膜を構成する要素の一つでもあります。界面活性剤をある一定量以上水に溶かすとミセルができるように,りん脂質のようなものをある一定以上の濃度で溶かすと脂質二重膜と呼ばれる薄い膜ができあがります。この時の構造が細胞膜とよく似ているため,膜により仕切られた二相(つまり細胞の中と外)間の物質移動の様子などを観察するためのモデル系として良く用いられています。

一般的に脂質二重膜を構成しやすくするために,ある一定以上の濃度の塩を共存させるのが一般的な実験条件です。ただし脂質二重膜は溶液のpHにも大きく依存しますので,塩化ナトリウム(食塩,NaCl)を加えることが多いのですが,そのNaとして放射性ナトリウム(22Na)を用い,脂質二重膜を安定化させる共存塩としての効果と,放射線を出す線源としての役割を同時に持たせようとしたのが,この実験のミソです。

さて気になる実験の結果ですが,非放射性の塩化ナトリウムだけを共存させた場合には数日間破れることのない脂質二重膜ですが,22Naを加えることにより20~600分で膜が破れてしまいました。このことから,微量の放射線の存在は確かに脂質二重膜を破壊する効果を持つようです。

ただ,ここからが非常に問題なのですが,たとえばこちらのブログによると,(おそらく)この実験結果について「内部被爆の脅威」という書籍では「放射時間を長く延ばせば延ばすほど、細胞膜破壊に必要な放射線量が少なくて済むことを確かめた。」と紹介されているようなのですが,元の論文には「線量を増大させることにより膜の持続時間は短くなるが,照射線量と膜の持続時間の間には対数軸で比例関係がある。」という事しか書かれていません。

具体的に話をしましょう。この論文中で膜の持続時間(min)をy軸,照射量比(rad/min)をx軸した時の相関関係を表す式として「y=55.3x^-0.36」という式が提唱されています。この式にx=0.001を代入すると,664.8分という値が得られます。x=0.01だと290.2分。x=0.1だと126.7分x=1だと当然55.3分となりますので,確かに線量を1000倍にしたのに持続時間は1/10にしかなっていないので,低線量の方が影響が大きい!と思えてしまうのも確かです。しかし,この結果をヒトの健康影響,特に低線量被曝の健康影響と結びつけるには,避けて通ってはなら無いポイントがあります

まず第一のポイントは,今回の実験で与えられた線量の範囲です。

今回の実験では,22Naの放射壊変から生じるγ線とβ線について詳細な考察を行い,0.001 rad/min~1 rad/minの範囲で放射線が膜に照射されたと計算されています。rad(ラド)とは古い放射線の吸収線量を示す単位ですので,現在のSIであるGyで表現してみましょう。すると1 rad = 0.01 Gyですので,今回の実験範囲は0.01 mGy/min~10 mGy/minとなります。最近ではすっかりおなじみになったSv/hに,γ線として換算しますと0.6 mSv/h~600 mSv/hとなり(β線の割合が高いとすると,さらに高い値になります)ます。

おわかりでしょうか。つまり,このペトカウ効果が検証されているのは,低線量とは言いつつも,現在首都圏で測定されている空間放射線量の1000倍以上高い領域での話なのです。

そして,第二のポイントは,これがいわゆる「試験管内(in vitro)で行われた実験であることです。

著者であるペトカウ氏はこの論文中でこのような現象が起きる原因として,放射照射により発生することが知られているスーパーオキシドアニオン(・O2-)の影響が大きいのではないかと考察し,後にこのスーパーオキシドアニオン(・O2-)を過酸化水素に変換する酵素 Superoxide dismutase(SOD)(もちろんヒトもSODを持っています)を共存させることにより,膜に対する放射線の影響を低く抑えることができること(Petkau, A., & CHELACK, W. (1976). BBA - Biomembranes, 433(3), 445–456.)や,SODを投与することでラットの骨髄から抽出されたマクロファージ前駆細胞がより高い線量のX線に耐えられること(Petkau, A., & CHELACK, W. S. (1984). Biochem biophys res commun, 119(3), 1089–1095.)などを報告(与えている線量は,最初の実験と同レベルかそれ以上)しています。

つまりどういうことかというと,確かに放射線の影響によりりん脂質二重膜は傷つけられる可能性があるが,それは放射線により直接破壊されているのではなく,放射線により発生したスーパーオキシドアニオン(・O2-)がりん脂質中の不飽和脂肪鎖を切断していること,そしてそのスーパーオキシドアニオン(・O2-)を除去し,放射線の影響を最小限に抑えるためのシステムが生体には備わっていることがすでに確かめられていると言うことになります。

ちなみに,氏がこの後どういう研究をしていたかも調べてみたのですが,ペトカウ氏はこの後,放射線医療による副作用をSODで抑えるための研究などを中心に進めていたようです。というわけで,実はこのペトカウ氏は,低線量放射線が人体に多大な影響を与えるなんてことは何一つ言っていないんですね。

では,なぜこれほどまでにペトカウ効果が,低線量被爆の危険性を訴えるためのキーワードとして広まっているのでしょうか。

それは,どうやらErnst J. Sternglass博士と言う方が原因のようです。彼の主張についての詳しいところは,このリンク先を読んでいただければと思います。私自身もSternglass博士の論文を漁っては見たのですが,先ほどのリンク先で紹介されている1963年のScience(STERNGLASS, E. J. (1963). Science, 140, 1102–1104.)以外の論文を見つけることができず(引っかかってくるのは,講演要旨集や自著ばかりで査読のありそうな論文誌は見つけられませんでした。),どういうロジックでご自身の提案した学説とペトカウ氏の実験結果を組み合わせたかについては,残念ながら検証することができませんでした。

以上が今回の調査結果となります。個人的な感想を言わせていただければ,やはりいわゆる試験管内で人工的に作られた膜に対する実験結果をもって,修復機構の存在する人体への影響について言及するのはかなり無理があるように感じます。もし比較するとすれば,SODを添加した系での結果を考えるべきでしょう。なので,このペトカウ氏の研究結果をもって,「低線量被曝における健康影響」の根拠とするのは,かなり無理があるのではないかと感じました。

また,最初に話題に出た「ぶらぶら病」も,その症状が鬱病などと非常に酷似しているという点から考えても,放射線の影響と言うよりは他の方面からのアプローチ(もちろん「被曝した」という意識から来る非常に強いストレスも含めた)が必要なようにも感じています。

さて,事故後すでに3ヶ月を経過し,そろそろ収まりを見せてくるのではないかと期待していた放射線に対するパニックは,未だ終息する気配を見せておりません。それどころか,ますます加速する勢いすら見せています。

確かに雨樋の出口や側溝の中にたまった汚泥など,近辺に存在していた放射性物質(主にセシウムと思われます)を洗い流して集積されているようなところに積極的に近づくことは避けた方が良いかと思いますが,福島の退避勧告地域近傍以外であれば,これからの季節は太陽から送られてくる放射線の方が強くなってくる位だと思います。

また,簡易型の放射線測定器を用いて日常的に測定をしている方々も増えているようですが,現在の低い線量領域でははっきり言って簡易型の測定器が示す絶対値を信用するのは無理です。現在の放射線量領域を絶対値として正確に計るためには,シンチレーション型の大型測定器を使わないと無理です。そもそもmSv/hオーダーの領域で,±5%~20%などという精度でしか構成されていないGM型や半導体型の簡易測定器では,せいぜい事故前の値と比較して相対値として大きいか少ないかくらいしかわかりません。

人体は,長年の進化の過程において放射線についてはそれなりの耐性を獲得しています。また饑餓のように人類が産まれた時から常に襲われ続けてきた原始的なストレスにも比較的対応することができるようになっています。しかし,残念ながら近代において著しく増大している精神的なストレスや栄養の過剰摂取などに対応することは,まだできていません。

だいぶ前にも書きましたが,世界には日本の10倍以上高い自然放射線を持つ地域があります(イランのラムサール地方では,平均で10 mSv/年,最高で260 mSv/年)が,その地域に住んでいる人たちを調査してもガンや白血病,奇形児の出産率,遺伝子の異常などに有意差はありません

現状では,少なくとも首都圏においては福島第一原発から漏れた放射性物質による放射線の影響よりも,それを気にしすぎて貯め込んだストレスの方が健康に悪影響を及ぼすのではないかと思っています。

やはり,気にしなければいけないところ(先ほどの雨樋の出口や貯まった汚泥など)と,気にしなくても良いところ(抜き取り検査済の牛乳や農作物,首都圏の環境放射線)の区別をきちんとした上で,正しく対応することが必要だと思います。

いつものように長くなりましたが,今回のところはとりあえずこの辺で。

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気になる化学リスク | 20:46:19 | Trackback(2) | Comments(28)
続々々・日本の基準は本当に緩いのか
たろうさんから,再びコメントをいただきました。

結論から言います。たろうさんが想定されている事態について,

完全に私の理解が間違っておりました


その辺についての詳しい説明としては,たぶん私がぐちゃぐちゃ書くよりもこちらのコラム「基準値の根拠を追う:放射性ヨウ素の暫定規制値のケース」をご覧いただいた方が理解が早いんじゃないかと思います。

そして,私が何を間違っていたのかという点なのですが,「汚染が発生する」という部分についての理解が不十分だったと言うことです。つまり,300 Bqの規制値を長期間超えるような汚染イベントには,大ざっぱに考えても二種類のものがあると言うことに考慮が至っていなかったと言うことです。

その二種類とは,

1) たとえば30,000 Bq/kgを超えるような極めて甚大な汚染が短期間に起きた場合
2) 300 Bq/kg近辺の汚染を生じるようなイベントが連続的に起きた場合



の二つです。

そして,たろうさんが常に危惧しておられたのは後者のパターンであり,今回設定されている基準値が想定しているのは前者のようなパターンであると言うことだったのですが,私がそこを混同し続けていたのが混乱の原因です。

そして,第二の間違いは,そういう混同した状態で無理矢理今設定されている基準値を理解しようとしたために,本来適用すべきでない後者の事態についても適用できると思い込んでいたことです。

というわけで,常時規制値の水を飲み続けた場合に受ける甲状腺等価線量の値は前回のエントリで「これはいくら何でも高すぎるのでは?」と却下した

成人で  300 Bq x 4.3E-4 mSv/Bq x 1.65 L/day x 365 day/year = 77.7 mSv/year
乳児だと 100 Bq x 3.7E-3 mSv/Bq x 0.71 L/day x 365 day/year = 95.9 mSv/year



の方が近いことになります。

年間で乳児が受ける線量が100 mSvに匹敵する値というのは,十分な安全マージンが取られているかというと確かに疑問を持たざるを得ませんので,確かにたろうさんが想定していたような連続的な汚染イベント発生時にはふさわしくない基準であると言えると思います。そして,たぶんこれが前回書いた「飲食物中の放射性物質が健康に悪影響を及ぼすかどうかという濃度基準ではなく,緊急事態における介入のレベル(防護対策指標)として,飲食物摂取制限措置を導入する際の判断の目安とする値である」という文章の本当の意味なんですね。誤解して考えていたようです。

もちろん今現在の状況と比較してと言う話になりますが,幸いなことに4/19現在の実測値を見ると,福島県内でも水道水でよう素131が検出されているところは,ほとんど無くなっているようです。なので,少なくとも現時点では現在設定されている基準が想定しているケースの範囲内に収まっていると考えてよいと思います。ですから,今この瞬間の安全は十分に担保されていると私は思っています。しかし,そもそもその思いが強すぎたのが理解を遅らせた原因でもあると思っていますので,今後はより一層注意をしていきたいと思います。

さて,それでは一年間常時摂取し続けても安心な値となる規制値はどのくらいがふさわしいのでしょう?先ほどのコラム中では「12 Bq/L」という値が紹介されていたように,もう一桁低い値を考える必要があるようにも思います。しかし,そういう方向で究極的に考えると当然WHOが出している通常時の値に限りなく近づいてしまい,緊急時の基準をどの程度に設定すべきかというそもそもの命題からどんどん逸脱してしまいます。しかし,基準値を設定すると言うことは,同時に摂取制限が解除されるタイミングを左右することになるわけですから,現在の規制値近傍の値が長く続くケースを考えると,このレベルの規制が必要になってくる必要性は十分に高いと思います。

ということで,正直どう考えるべきかという点についてはいろいろ考えましたが,よい考えがまとまりませんでした。現在の規制値が想定しているような爆発的に大規模流出が非連続的に起きているような状況であれば,現在よりも厳しい規制をしてもそれほど意味があるように思えません。ですから,規制解除のタイミングを上手く考慮する運用をすることで十分対応できるように思います。しかし,常時100 Bq/kg程度の汚染が続くような状況にどう対応すればよいのかというと,やはりその様な事態用の規制値を新たに設定するなり,その時々での状況を見つつ臨機応変に対応する以外の方法が私では思いつけませんでした。

蛇足にはなりますが,今回用いられている基準が「間違いである」という表現をしている方もいるようですが,それはちょっと違うのではないか,と思います。確かに基準値近傍の水「だけ」を一年間継続的に摂取すると,かなりダークなグレーゾーンに入る線量を浴びることになってしまいます。しかし,それは規制値が間違っているというわけではなく,何度も繰り返していますが,適用範囲というか,想定している状況が違うだけだと思います。そして,もちろん予断を許さない状況ではありますが,それでも現時点での状態であれば,今回の事故ではこの規制値が想定している範囲内の事象しか起きていないことも確かだと思います。

とは言え,何度も書いてあるとおり,残念ながら現在設定されている規制値は連続的に(3/15に起きたような)放射性物質の大規模流出が続くような状況に対応したものではなく,そのような状況に対応した規制値も存在しない状態であることは確かなようです。もちろんそのような状況が現実問題として起こりうるのか,という疑問もあるでしょうが,今回起きた様々な事象,特にあれだけ津波に対して警戒をしていた三陸沿岸の各地域が壊滅的な被害を受けてしまったという事実を見れば,ほとんど起きないと思われるような事象についても十分に起きうるものとして対応策を考えておかねばならない,ということの重要性や必要性は骨身にしみるものがあります。ですから,今後はこのような視点を持ってしっかりとした議論をしなければいけないと思います。

しかし,そうであったとしても,こういった規制値は無闇に厳しくすればよいと言うものでは無いのが難しいところです。

不必要に厳しい規制値は,不要な不安感を導き過剰な反応と経済的な打撃と,それより何より規制対象となる地域住民への過度の負担を強いることになります。なので,連続的な汚染イベントが発生した場合の規制値の決定には,これらの要因と健康被害の防止という,どちらもないがしろにするわけにはいかない極めて難しいバランスが要求されると思います。

今後のエネルギー供給をどのような戦略で進めていくのかという点も含め,関係機関には長期的な展望を持ってしっかりとした対応をしていただきたいと思います。

テーマ:科学・医療・心理 - ジャンル:学問・文化・芸術

気になる化学リスク | 11:48:36 | Trackback(0) | Comments(0)
続々・日本の安全基準は本当に緩いのか
たろうさんから再びコメントをいただきましたが,私がいろいろ勘違いをしていたことなどもありまた長くなってしまいましたので,エントリにいたします。話の流れについては前のエントリのコメント欄などを参照して下さい。

> 基本は甲状腺等価線量50mSv/年で、そのうち3分の1を割り当てたら300bq/L(ただしβ崩壊による減少を考慮する)になった、というところでしょう。
> > 300 Bq x 1.6E-5 mSv/Bq x 2 L/day x 365 day/year = 3.6 mSv/year
> やっぱりこれ、実効線量係数ではないですか?
> 表の下の方に甲状腺等価線量係数が記載されていると思いますが。


本当にお恥ずかしい。穴があったら入りたいという気分は今のような気持ちを言うんでしょうね。全くもって困ったものです。確かに私が使ったのは実効線量係数ですね。甲状腺等価線量係数はその下にちゃんと別枠でありました。本当に申し訳ありません。なんでいくら計算しても50 mSv/yearとはこんなにかけ離れているのかなぁ?と不思議には思って検算はしたのですが,そもそも表を読み間違えていることに気がつきませんでした。本当に申し訳ありません。

というわけで,この下の値を使うと(乳児は幼児の1/2,幼児は成人の1/2の摂取量でした。いろいろ間違い多くてすいません。)

成人で  300 Bq x 3.2E-4 mSv/Bq x 2 L/day x 365 day/year = 70 mSv/year
乳児だと 100 Bq x 2.8E-3 mSv/Bq x 0.5 L/day x 365 day/year = 51 mSv/year

………,また計算違いしてますか?(^^; いくらなんでもこれは多すぎる気がします。50 mSv/yearの2/3を三等分という話でしたから,10 mSv/year程度になるんだろうと予想していたのですが,これではあまりにも変ですよね。摂取水分量の設定が大きいんでしょうか。でも大人で一日200 mLは少ないですよね。何がいけないんでしょう?

というわけで,この辺の基準がどういう風に設定されたのかと言うことをもう一度頑張って調べてみたところ,当然なんですがちゃんとまとめられている文書が見つかりました。それがこちらの原子力発電所等周辺防災対策専門部会環境ワーキンググループが作成した「飲食物摂取制限に関する指標について(平成10年3月6日)」という資料です。

非常に興味深い資料なので全部きちんと解説したい気もするのですが,とりあえずよう素の基準がどのように設定されたかに焦点を絞って順を追ってみてみましょう。

まず今回かなり長い上にちょっとややこしい&私自身の理解が十分である自信がないというひどい状態ですので,一応最初にいくつか大切なことをまとめておきます。

1) 甲状腺等価線量50 mSv/yearという基準は,ICRPなどの国際機関で設定された値であり,日本だけの基準ではない(=日本だけが緩いわけではない)。(事実)
2) 水だけで50 mSv/yearというわけではなく,水・乳製品・野菜などで全体の2/3,残りで1/3とし,さらに最初の3群それぞれを等分にするので,飲料水から受ける甲状腺等価線量は最大11.1 mSv/year。(事実)
3) やはり年間通して規制値近傍の水を摂取し続けた場合を想定しているように思える。(私の推測)



まずICRPの持つ介入線量レベルについての考え方を整理しましょう。介入線量レベルとは,一般市民に対して放射線防護対策をすべきレベルのことで,ICRP40(大規模放射線事故の際の公衆の防護(1984))においてはこれ以上であれば必ず対策を取らなければいけない値である上限値とこれ以下の値では対策を取ることが正当化されない値である下限値という概念を設定しています。そして,事故後に対策を取るための実際の線量レベルはこの間で設定されるべきであるという考え方が提示されており,日本の基準もこれにしたがったものとされています(P.1)

また,この指標は「飲食物中の放射性物質が健康に悪影響を及ぼすかどうかという濃度基準ではなく,緊急事態における介入のレベル(防護対策指標)として,飲食物摂取制限措置を導入する際の判断の目安とする値である」ということも明記されています(P.2)。

放射性よう素に関する具体的な値については,ICRP63(放射線緊急時における公衆の防護のための介入に関する諸原則(1992))の77項で,「よう素剤による予防法は,0.5 Svが回避できればいつでも正当化することができ,最適化されるレベルはこれより低いだろうが,その1/10を下回ることはないだろう」という見解を示していることから,放射性よう素による甲状腺等価当量を 50 mSv/yearと設定したという記述がありました(P.2)。また,ICRP63の77項におけるこの見解の根拠となっているのは,ICRP40における介入についての下限レベルが50 mSvであることという記述もありますので,どうやらICRP40を読み解くのも重要な鍵となりそうです。

ちなみに飲食物の摂取量が表2(P.6)にまとめられていましたので,この文書中で設定されている甲状腺等価当量(表1,P.5)と共に計算し直してみます。

成人で  300 Bq x 4.3E-4 mSv/Bq x 1.65 L/day x 365 day/year = 77.7 mSv/year
乳児だと 100 Bq x 3.7E-3 mSv/Bq x 0.71 L/day x 365 day/year = 95.9 mSv/year

まだかなり高いですね。というか,最初の計算より増えてますね(^^; もうちょっと読み進めてみましょう。
するとちゃんと計算式が載ってます(P.8)。そう,これが欲しかったんです。見てみましょう。

誘導介入濃度Bq/kg = (介入線量レベル÷複数の食品群に別れた場合の分割比)/(年平均濃度とピーク濃度の比)・(食品群の一日の摂取量 kg)・(預託線量 mSv/Bq)・(核種存在比率)・(1-exp(-λt)・λ^-1



かなりややこしいので,今回に合わせて少し簡単にしてみます。今回求めたいのは,制限値の水を摂取し続けた場合の甲状腺等価線量がどのくらいの値に設定されているのかということですので,誘導介入濃度にあたる部分は 制限値に等しくなります。また年平均濃度とピーク濃度の比はよう素131の場合「1」とされています。また核種存在比率もよう素131は代表核種ですので,「1」と表せます。また,(1-exp(-λt))によう素131のλ:壊変定数(詳しくは後述)とt:食品摂取期間=365日を代入するとほぼ1となりますということで,まとめてみましょう。

設定甲状腺等価線量=制限値×各年齢の甲状腺等価線量×1日辺りの摂取量×よう素131の壊変定数の逆数



だいぶ簡単になりました(^^; ということで,私がやっていた計算と比較すると,私は1年365日をかけていたのに,こちらの式ではよう素の壊変定数の逆数をかけています。放射性物質の壊変定数は半減期t(1/2)から,t(1/2) = (1/λ)ln(A/(A/2)) ≒0.693/λと言う関係で求められることは以前にも書きました。この関係式から半減期8.02日のよう素131の壊変定数を時間の単位を「日」として(理由は後述)求めると0.0864となります。

おそらくたろうさんが仰っていた「放射性物質が一度だけ放出されて、次第に減少していくことを前提とした一時的な指標」とか,「β崩壊による現象を考慮する」というのは,このことを指しているのかな?と言う気がしているのですがいかがでしょうか?

ただ,よく考えると「次第に減少していくことを前提とした一時的な指標である」というのは,要するに「一年後には通常の値に近づいているのが前提の緊急時の値」というように考えれば,それはその通りなわけです。となると問題は「一度だけ」という部分ですね。私はこの「一度だけ」を「事故による短期間」という風に考えても十分同じ意味になるのではないかと思いますので,この「一時的」という言葉をどう解釈するかと言う事なのかな?と思っています。

しかし,先ほどの計算式の中には「F:年平均濃度とピーク濃度の比」というパラメータがあります。このパラメータは,前述の通りよう素同位体では「F=1」とされています。これはつまり,年間通してこの濃度であることを前提としていると言う意味のはずですから,やはり「一年間通して飲んでもこれ未満なら問題ないと考えられる」レベルとして,規制値が設定されていると考えるのが妥当ではないかと思います。

少し脱線してしまいました。

この式では,前述の通り私が365 day/yearをかけていた代わりに,壊変定数の逆数=1/0.0864 = 11.57 をかけています。実際に計算してみますと,

成人で  300 Bq x 4.3E-4 mSv/Bq x 1.65 L x 11.57 = 2.46 mSv
乳児だと 100 Bq x 3.7E-3 mSv/Bq x 0.71 L x 11.57 = 3.04 mSv

と,かなり小さくなります。

元文書では,50 mSv/yearの2/3の1/3が飲料水から許容できる放射線量ということで,11.1 mSvとなる放射性よう素の放射能として,成人で1270 Bq/L,乳児で322 Bq/Lという計算値を出しています(P.10 表6)。もちろんこちらはテルル133を含むよう素同位体全体についての計算ですので,私がやった簡易的な計算とはちょっと違うと思いますが,実際の規制値(成人で300 Bq/L,乳児で100 Bq/L)は当初想定していた線量よりも小さい値で設定されていると言って良いかと思います。

また少し脱線してしまいました。次は,少しおこがましいですがこの式の妥当性をもう少し検証してみましょう。私が最初に計算した式と,この文書の式では約30倍以上値に差が出ていますが,これをどう考えるべきでしょうか。

鍵は,預託線量の考え方にあります。

素直に告白しますと,要するに最初に私がやっていた計算が間違っていたために,過剰評価をしていたと言う事です。以下,正しい計算の考え方について説明します。

例えば,10日目に完全に消滅するような半減期を持った放射性元素を定常的に100 Bqずつ摂取し続けているとします。1日目はその100 Bq分の放射線を受けます。2日目は,1日分減少した1日目の分と新たに加えられた2日目の100 Bqからの放射線を受けます。同様に3日目には,2日分減少した1日目の分と1日分減少した2日目の分と3日目の100 Bqからの放射線を受けます。

これをどんどん繰り返していくと10日目に受ける放射線は,

9日分減少した1日目の分+8日分減少した2日目の分+7日分減少した3日目の分+6日分減少した4日目の分+5日分減少した5日目の分+4日分減少した6日目の分+3日分減少した7日目の分+2日分減少した8日目の分+1日分減少した9日目の分+10日目の分

になります。11日目以降は,1日目の分が完全に消滅しますので,この後はずっと同じ量の放射線を浴び続けることになりますが,この10日目以降にそれぞれ浴びる放射線から人体が受ける影響はある量の放射性物質が人体に与える影響の総量,つまり実効線量(あるいは等価当量)に等しくなります。ちなみに,300 Bq/L(乳児の場合は100 Bq/L)のよう素131が含まれた水を1日飲んだ場合の甲状腺預託等価線量は

成人で  300 Bq x 4.3E-4 mSv/Bq x 1.65 L = 0.212 mSv
乳児だと 100 Bq x 3.7E-3 mSv/Bq x 0.71 L = 0.263 mSv

となります。

もちろん規制値近傍の水を一日飲んだだけであれば,受ける甲状腺等価線量はこれだけで済みます。しかし,今回の問題はこれを365日間飲んだ場合ですので,t=0から,t=365dayまで積分する必要があります。

具体的にはある時間tにおける放射能は「A(t) = A(0) × e^(-λt)」で表現できますので,これをt=0からtについて積分します。すると「(1-exp(-λt))/λ」が得られます。見覚えありますよね?そう,私が365 day/yearをかけていた部分に,替わりで出てきていたあの項には,こういう意味ががちゃんと含まれていたのです。

このうち「(1-exp(-λt))」の項は,よう素131の場合には前述の通り「ほぼ1」となりますので,壊変定数の逆数「1/λ」だけが残り,t=365 dayの場合を求めるために壊変定数の単位もdayで揃えた0.0864を使えば,先ほどの計算結果が得られるわけです。

みなさん大丈夫でしょうか? というか,私のこの理解で大丈夫でしょうか???(^^;;;;;

だいたい私の感覚に近い値が出てますし,今回ご紹介した文書通りに計算すればこういう値になりますので,日本が基準を設定した時のやり方に沿ってはいると思うのですが,内容についての理解という部分では正直ちょっと自信がありません(^^; ということで,いつも以上にご指摘大歓迎です。どうかよろしくお願いいたします。

さて,次の課題としては50 mSv/yearの設定理由についてですね。これを理解するには最低でもICRP40などを読む必要がありそうですね。なんかいろいろ宿題がたまっている気がします(^^;

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気になる化学リスク | 02:01:22 | Trackback(0) | Comments(4)
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