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ぷろどおむ

Author:ぷろどおむ
元サッカー少年。今はしがない化学屋です。

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便利さの種類
前のエントリを書いていて思ったことをいくつか。

ああいう内容ばかり書いているといつも誤解されるのですが,私自身は原子力関連事業について反対の立場を取っております。

私がああいう文章を書いて現状の反対運動を批判するかたちにばかりなっているのは,嘘や誇張による風評被害や間違ったイメージ,誤解などを増大させる事で原子力関連事業に異を唱えるスタイルが,どうしても納得できないからです。

最初に述べたとおり,私は極めて甚大なハザードが発生する可能性を持つ原子力関連事業をこれ以上拡大する事には反対です。また,現状行われている原子力関連事業についても,速やかに縮小させる方向で議論を進めるべきだと考えています。

しかし,そう考える最大の理由は(ゼロリスクは論外なので除くとしても)現状求められ達成されているレベルのリスクに不満があるとかではなく,そのリスクを達成するために必要なコストがあまりに膨大すぎるからです。

確かに,万が一の場合のハザードがあまりに巨大すぎることは理由の一つかもしれません。しかし,現在は甚大な労力と費用を注ぎ込む事により,極めて低いレベルにリスクは抑えられています。この事は事実として認めるべきです。同時に,そのような多大なコストをかけることによって,現代の社会に多大なベネフィットを提供し続けている関係各位に対する賞賛は惜しみなく贈られるべきだと思います。

それでも,あまりに巨大すぎるハザードの存在が与える心理的な圧迫感というのは,なかなか無視できるものではありませんし,現在のレベルにリスクを抑えるために必要なコストは,やはり巨大すぎます。我々が何かの問題にかけられるコストは有限なのですから,原子力関連事業にばかり注ぎ込むわけにはいきません。となれば,やはり関連事業を縮小し,コストを別分野に振り分けられるような体制構築を目指すのが上策ではないかと思います。

かと言って,現在我々が享受している生活レベルや人口は,この地球上に存在するエネルギーを電気という非常に効率のいい形に変換し,さらにそれをできるだけ効率よく利用する事で得られているものです。

代替エネルギーの開発が不十分な状況で,カーボンフリー(とされている)バイオマスに頼ったり,自給自足の生活なんて言うものを全ての人たちが求めようとしたら,日本という狭い国土が支えきれる人口は,江戸時代以前のレベル(参考資料)まで減らさざるを得なくなるでしょう。もちろん,生活レベルも江戸時代レベルまで下げて,です。万が一産業革命以後のレベルなんて求めようものなら(求められるわけはありませんが)もっと少ない人数しか養えません。

「便利さ」というものを非常に悪いものとして捉えがちな人たちがいます。しかし,便利さには「無駄な便利さ」と「効率の良い便利さ」の二種類があることを理解し,その二つは明確に分けて考える必要があると思います。

たとえば,自給自足生活ではなく,職業を細分化し専門化することで生産性を向上させた事は「効率の良い便利さ」でしょう。また,物々交換ではなく貨幣を仲介させた物品流通のシステムも「効率の良い便利さ」の一つでしょうし,延々と繰り返される単純作業から解放され,より安全な形で複雑な作業に対応するための余力が人間社会に与えられたのも「効率の良い便利さ」があったからこそだと思います。

現に,貨幣経済の確立や産業革命などのステップを踏む事により,世界の人口はどんどん増加しています。過去から現在に至るまでの方向性が,ヒトとしての生命活動に対して負の効果を与えるしかないのであれば,世界の人口がこれほど増える事などあり得なかったでしょう。

自給自足で全てが成立し,いくらでも養う事が可能だというのであれば,産業革命とは無縁な南の孤島からでた部族が,産業革命とは無縁にもっと大きな勢力を確立していてもいいはずです。でも,そんな事はないですよね。一部の人たちが願う,自給自足で自然と融和した「だけ」の生活で養える人間の数は,非常に少ないのです。実際のところ,環境から与えられるエネルギーの消費率だけ考えれば,そのような生活はエネルギー効率の悪い=大きなエネルギーを浪費する贅沢な生活なのです。

現状(もしくはそれ以前)の技術で,化石燃料無しにここまで増えた人間をまかなうための魚が捕れますか?農作物を育てる事が出来ますか?家畜を育てるには,余裕ある農作物の生産が必須なのを理解していますか?収穫した魚介類や農作物を,求めている全国津々浦々の人たちのところに届けられますか?電力無しに,新鮮さを保った状態=安全な食品を提供する事が出来ますか?高度な技術を使って作られた医療機器や医薬品無しで,健康な生活が維持できますか?様々な機器を利用した効率化を捨てて,家内制手工業によって日本中の人に工業品を提供する事が出来ますか?また,そのような工業品だけで暮らしていけますか?そんなの無理な話ですよね。

極めて究極的な話をすれば,現在の地球環境をなるべく維持するには,地球上の人口を産業革命以前のレベルまで削減して1人あたりが使えるエネルギーを増やすか,先進国の持つ高効率な技術を総動員して,いわゆる開発途上国の開発は完全に先進国主導で行い,非効率な生産体系を消滅させるか,いずれかの方向に向かうしかないのではないか,とさえ思います。

しかし,そんなハードランディングな解決策に現実味などあるわけがありません。状況の許す限りソフトな着陸を行うにはどうすればよいのか。その点を最優先にして考えていく必要があると思います。
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テーマ:環境・資源・エネルギー - ジャンル:政治・経済

雑談 | 15:10:47 | Trackback(0) | Comments(0)
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