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ぷろどおむ

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「ペトカウ効果」は低線量被曝が健康に大きな影響を与える根拠となるのか?
(2011.6.17 一部加筆修正しました)
まただいぶ間が開いてしまいましたが,今回のテーマは表題の通り「ペトカウ効果」です。

きっかけはtutujiさんにいただいたコメント中にあった「ぶらぶら病」というキーワードが気になったからです。

ぶらぶら病の詳細については,私自身もGoogleで引っかかってくるレベルの知識しかありませんので詳細についてはコメントしませんが,その根拠として「ペトカウ効果」や「ペトカウ実験」などのキーワードが必ず出てきたので調べてみる気になったと言うことです。

さて,このペトカウ氏(A. Petkau)ですが「医師」であるという紹介もされているようですが,正式の所属(少なくともこの研究をした当時の)は論文では「Medical Biophysics Branch, Whiteshell Nuclear Research Establishment, Atomic Energy of Canada Limited」と記載されていますので,カナダ原子力公社(AECL)のホワイトシェル原子力研究所の研究員(もちろん医師免許を持っているのかもしれませんが)のようです。

さて,問題の論文を探してみたわけですが,「ペトカウ効果」で検索すると「1972年に偶然放射性ナトリウム(22Na)を実験溶液中に加えてしまい,この効果を発見した」という逸話が紹介されています。と言うことで調べてみますと,該当しそうな論文は1972年にHealth Physics誌に発表された「Effect of 22Na+ on a Phospholipid Membrane」(Petkau, A. (1972). Health Physics, 22(3), 239.)ではないかと推測できました(実際に投稿されたのは1971年のようですが)ので,早速取り寄せて読んでみることにしました。

残念ながら,「偶然加えた」などという逸話は論文中には全く書かれておらず,それどころか「放射線の照射量と膜破砕の関係を詳細に定量的に観察できるようにこういう実験系を考えた」みたいなことが書かれています。また調べてみると,以前から22Naを使って膜浸透性の評価などをしたりしている(Petkau, A., & CHELACK, W. S. (1970). Biochim biophys acta, 203(1), 34–46.)ので,なんとなくその逸話の存在自体が一瞬怪しく思えてしまいましたが,偶然の結果でも最初から考えていたように記述したり,講演などで面白おかしく話をしたりするのは研究者の常でもありますので(ぉ その辺は軽くスルーするのが紳士的な態度というものでしょう。

さて,冗談はさておき中身を見てみましょう。

この論文のそもそもの目的は,放射線照射による細胞膜の破壊はどのような量的関係で進むのかを明らかにすることです。このような目的には,水解小体とも呼ばれるリソソームが実験対象として用いられたりしていたようですが,実験条件を整えることや観察が難しいため,その代替としてりん脂質二重膜が適用できるかどうかと言うことが実験の焦点になっています。りん脂質二重膜というのは,生体中に存在するりんを含んだ脂肪鎖が集合してできあがるもので,化学的な性質としては石けんなどを水に溶かした時にできるミセルと親戚くらいの関係にあり,細胞膜を構成する要素の一つでもあります。界面活性剤をある一定量以上水に溶かすとミセルができるように,りん脂質のようなものをある一定以上の濃度で溶かすと脂質二重膜と呼ばれる薄い膜ができあがります。この時の構造が細胞膜とよく似ているため,膜により仕切られた二相(つまり細胞の中と外)間の物質移動の様子などを観察するためのモデル系として良く用いられています。

一般的に脂質二重膜を構成しやすくするために,ある一定以上の濃度の塩を共存させるのが一般的な実験条件です。ただし脂質二重膜は溶液のpHにも大きく依存しますので,塩化ナトリウム(食塩,NaCl)を加えることが多いのですが,そのNaとして放射性ナトリウム(22Na)を用い,脂質二重膜を安定化させる共存塩としての効果と,放射線を出す線源としての役割を同時に持たせようとしたのが,この実験のミソです。

さて気になる実験の結果ですが,非放射性の塩化ナトリウムだけを共存させた場合には数日間破れることのない脂質二重膜ですが,22Naを加えることにより20~600分で膜が破れてしまいました。このことから,微量の放射線の存在は確かに脂質二重膜を破壊する効果を持つようです。

ただ,ここからが非常に問題なのですが,たとえばこちらのブログによると,(おそらく)この実験結果について「内部被爆の脅威」という書籍では「放射時間を長く延ばせば延ばすほど、細胞膜破壊に必要な放射線量が少なくて済むことを確かめた。」と紹介されているようなのですが,元の論文には「線量を増大させることにより膜の持続時間は短くなるが,照射線量と膜の持続時間の間には対数軸で比例関係がある。」という事しか書かれていません。

具体的に話をしましょう。この論文中で膜の持続時間(min)をy軸,照射量比(rad/min)をx軸した時の相関関係を表す式として「y=55.3x^-0.36」という式が提唱されています。この式にx=0.001を代入すると,664.8分という値が得られます。x=0.01だと290.2分。x=0.1だと126.7分x=1だと当然55.3分となりますので,確かに線量を1000倍にしたのに持続時間は1/10にしかなっていないので,低線量の方が影響が大きい!と思えてしまうのも確かです。しかし,この結果をヒトの健康影響,特に低線量被曝の健康影響と結びつけるには,避けて通ってはなら無いポイントがあります

まず第一のポイントは,今回の実験で与えられた線量の範囲です。

今回の実験では,22Naの放射壊変から生じるγ線とβ線について詳細な考察を行い,0.001 rad/min~1 rad/minの範囲で放射線が膜に照射されたと計算されています。rad(ラド)とは古い放射線の吸収線量を示す単位ですので,現在のSIであるGyで表現してみましょう。すると1 rad = 0.01 Gyですので,今回の実験範囲は0.01 mGy/min~10 mGy/minとなります。最近ではすっかりおなじみになったSv/hに,γ線として換算しますと0.6 mSv/h~600 mSv/hとなり(β線の割合が高いとすると,さらに高い値になります)ます。

おわかりでしょうか。つまり,このペトカウ効果が検証されているのは,低線量とは言いつつも,現在首都圏で測定されている空間放射線量の1000倍以上高い領域での話なのです。

そして,第二のポイントは,これがいわゆる「試験管内(in vitro)で行われた実験であることです。

著者であるペトカウ氏はこの論文中でこのような現象が起きる原因として,放射照射により発生することが知られているスーパーオキシドアニオン(・O2-)の影響が大きいのではないかと考察し,後にこのスーパーオキシドアニオン(・O2-)を過酸化水素に変換する酵素 Superoxide dismutase(SOD)(もちろんヒトもSODを持っています)を共存させることにより,膜に対する放射線の影響を低く抑えることができること(Petkau, A., & CHELACK, W. (1976). BBA - Biomembranes, 433(3), 445–456.)や,SODを投与することでラットの骨髄から抽出されたマクロファージ前駆細胞がより高い線量のX線に耐えられること(Petkau, A., & CHELACK, W. S. (1984). Biochem biophys res commun, 119(3), 1089–1095.)などを報告(与えている線量は,最初の実験と同レベルかそれ以上)しています。

つまりどういうことかというと,確かに放射線の影響によりりん脂質二重膜は傷つけられる可能性があるが,それは放射線により直接破壊されているのではなく,放射線により発生したスーパーオキシドアニオン(・O2-)がりん脂質中の不飽和脂肪鎖を切断していること,そしてそのスーパーオキシドアニオン(・O2-)を除去し,放射線の影響を最小限に抑えるためのシステムが生体には備わっていることがすでに確かめられていると言うことになります。

ちなみに,氏がこの後どういう研究をしていたかも調べてみたのですが,ペトカウ氏はこの後,放射線医療による副作用をSODで抑えるための研究などを中心に進めていたようです。というわけで,実はこのペトカウ氏は,低線量放射線が人体に多大な影響を与えるなんてことは何一つ言っていないんですね。

では,なぜこれほどまでにペトカウ効果が,低線量被爆の危険性を訴えるためのキーワードとして広まっているのでしょうか。

それは,どうやらErnst J. Sternglass博士と言う方が原因のようです。彼の主張についての詳しいところは,このリンク先を読んでいただければと思います。私自身もSternglass博士の論文を漁っては見たのですが,先ほどのリンク先で紹介されている1963年のScience(STERNGLASS, E. J. (1963). Science, 140, 1102–1104.)以外の論文を見つけることができず(引っかかってくるのは,講演要旨集や自著ばかりで査読のありそうな論文誌は見つけられませんでした。),どういうロジックでご自身の提案した学説とペトカウ氏の実験結果を組み合わせたかについては,残念ながら検証することができませんでした。

以上が今回の調査結果となります。個人的な感想を言わせていただければ,やはりいわゆる試験管内で人工的に作られた膜に対する実験結果をもって,修復機構の存在する人体への影響について言及するのはかなり無理があるように感じます。もし比較するとすれば,SODを添加した系での結果を考えるべきでしょう。なので,このペトカウ氏の研究結果をもって,「低線量被曝における健康影響」の根拠とするのは,かなり無理があるのではないかと感じました。

また,最初に話題に出た「ぶらぶら病」も,その症状が鬱病などと非常に酷似しているという点から考えても,放射線の影響と言うよりは他の方面からのアプローチ(もちろん「被曝した」という意識から来る非常に強いストレスも含めた)が必要なようにも感じています。

さて,事故後すでに3ヶ月を経過し,そろそろ収まりを見せてくるのではないかと期待していた放射線に対するパニックは,未だ終息する気配を見せておりません。それどころか,ますます加速する勢いすら見せています。

確かに雨樋の出口や側溝の中にたまった汚泥など,近辺に存在していた放射性物質(主にセシウムと思われます)を洗い流して集積されているようなところに積極的に近づくことは避けた方が良いかと思いますが,福島の退避勧告地域近傍以外であれば,これからの季節は太陽から送られてくる放射線の方が強くなってくる位だと思います。

また,簡易型の放射線測定器を用いて日常的に測定をしている方々も増えているようですが,現在の低い線量領域でははっきり言って簡易型の測定器が示す絶対値を信用するのは無理です。現在の放射線量領域を絶対値として正確に計るためには,シンチレーション型の大型測定器を使わないと無理です。そもそもmSv/hオーダーの領域で,±5%~20%などという精度でしか構成されていないGM型や半導体型の簡易測定器では,せいぜい事故前の値と比較して相対値として大きいか少ないかくらいしかわかりません。

人体は,長年の進化の過程において放射線についてはそれなりの耐性を獲得しています。また饑餓のように人類が産まれた時から常に襲われ続けてきた原始的なストレスにも比較的対応することができるようになっています。しかし,残念ながら近代において著しく増大している精神的なストレスや栄養の過剰摂取などに対応することは,まだできていません。

だいぶ前にも書きましたが,世界には日本の10倍以上高い自然放射線を持つ地域があります(イランのラムサール地方では,平均で10 mSv/年,最高で260 mSv/年)が,その地域に住んでいる人たちを調査してもガンや白血病,奇形児の出産率,遺伝子の異常などに有意差はありません

現状では,少なくとも首都圏においては福島第一原発から漏れた放射性物質による放射線の影響よりも,それを気にしすぎて貯め込んだストレスの方が健康に悪影響を及ぼすのではないかと思っています。

やはり,気にしなければいけないところ(先ほどの雨樋の出口や貯まった汚泥など)と,気にしなくても良いところ(抜き取り検査済の牛乳や農作物,首都圏の環境放射線)の区別をきちんとした上で,正しく対応することが必要だと思います。

いつものように長くなりましたが,今回のところはとりあえずこの辺で。

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テーマ:科学・医療・心理 - ジャンル:学問・文化・芸術

気になる化学リスク | 20:46:19 | Trackback(2) | Comments(28)
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