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ぷろどおむ

Author:ぷろどおむ
元サッカー少年。今はしがない化学屋です。

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キレート化・錯体化,植物が必要としている栄養とは?
ワイルドベリーさんからコメントをいただきました。非常に興味深いお話をいただきありがとうございます。本当は,一つ一つお話をさせていただきたいのですが,ちょっと時間が取れそうにないので取り急ぎ以下のご質問についてだけ対応させていただきたいと思います。

私のところでは米ぬか、落ち葉などを原料に微生物を培養した発酵肥料なるものを作るのですが、そのとき微生物による有機物の分解過程で鉄やカルシウムなどのキレート化、錯体化が起こり、吸収率が飛躍的に高まるとの説を耳にしました。そのキレート化、錯体化というのがよくわかりません。調べ方が悪いのかネットで検索してみても今ひとつ理解できません。そこでキレート化、錯体化についてわかりやすく解説していただけませんでしょうか。


とりあえず化学で言うところの「キレート化」「錯体化」について説明させていただきますと,基本的にこの両者は同じ現象を表現していると思っていただいて結構です。

いわゆる金属と呼ばれる元素が自然界に存在する場合,単独の結晶として存在することは非常にまれで,ほとんどの場合は何らかのイオンの形で存在しています。当然,電荷が偏った状態で存在するのは非常に不安定ですので,普通は逆の電荷を持ったイオンと結びついた形で存在します。

そして,非常に大ざっぱな説明をすると,結びついている相手のイオンがいわゆる無機物であれば,「鉱物」と呼ばれる状態になり,有機物と結びついていると「(有機金属)錯体」と呼ばれます。鉱物の場合は結晶の状態で存在することになりますので,色とりどりの石などとして我々の目に触れることになりますが,錯体の場合は一般的には嵩高い有機物のごく一部として取り込まれ,自然界に様々な形で分散しているため,その姿を意識することはかなり難しいですが,ごくごく一般的な状態です。

もちろん植物・動物を問わず生物の体の中にも様々な錯体が存在しています。一番有名なのは,植物で言えば葉緑素であるクロロフィル(マグネシウムの錯体),動物で言えば血液中に含まれるヘモグロビン(鉄の錯体)などでしょうか。また,土壌中ではフミン酸と呼ばれる高分子化合物と様々な金属が錯体を形成していることが知られています。

さて,先ほどから「錯体」としか言っておりませんが,「キレート」はどこに行ったのでしょう。実は,化学用語では「金属と結びついている有機物」のことを「配位子」と呼ぶのですが,「キレート」というのは,この配位子の中でも特に「複数の配位座を持っている配位子のこと」を指します。簡単に言えば,複数の手で金属と結びつくことのできる有機化合物,とイメージしていただくのがよいかと思います。たとえば酢酸なども,配位子として働くことの出来る有機化合物ですが,これは配位子として働くことのできる場所(配位座)が一ヶ所しかありませんので,一般的には「キレート」とは呼ばれません。しかし,この酢酸が二個くっついたような構造を持つシュウ酸やマロン酸などは,配位子として働く場所が二ヶ所あるので「キレート」の一種と言えます。そして,金属イオンがこのような配位子やキレートと結びつくことを「キレート化」「錯体化」と呼び,できあがった化合物を「(金属)錯体」とか,「キレート錯体」と呼びます。一般的に複数の手で結びついている「キレート錯体」の方が,手を一本しか持たない配位子との錯体よりも構造的に安定で壊れにくいです。

と言ったところが,化学における「キレート」および「錯体」の説明になるのですが,ご質問いただいた「発酵肥料」に関わる「キレート化」「錯体化」について調べてみようと思って多少検索をしてみたところ,正直私の持っていた常識とは少々違う話が散見されていて,いったい何の話をしているのかかなりわからなくなってしまいました。

まず第一点として,これはいわゆる「有機農法」を信奉されている方が時折誤解されているようだとは認識していたのですが,
植物は基本的に無機栄養しか吸収しません

ので,「キレート化」により植物への吸収量が増大,とか言われると「?????」となってしまいます。

確かに動物の場合は,有機物を体内に取り込むシステムがありますので,場合によっては錯体化された構造の方が吸収されやすい場合もあるのは確かです。しかし,植物の持つ栄養吸収のシステムは,基本的に根の先端部分にある細胞膜の薄いところから浸透圧の原理により無機イオンを水と共に吸収します。その後,植物自身が細胞内に配位子となる構造のものを作って準備しておくことにより,水と共に細胞の中に入ってきた金属イオンを選択的に錯体化して捕集するという形が基本になるので,最初から錯体化,特にキレート化した状態で入ってこられると,まずそのキレート錯体を分解する手間が必要になり,コスト的に不利になります。というか,そもそもそんなに大きな有機物は直接取り込めません。

ただ,このような機構で無機栄養分が吸収されていますので,アミノ酸のような両性イオン(水の状態により,プラスの電荷とマイナスの電荷の両方を持つことが出来るような構造を持つ分子)と結びついている場合には,通常の状態よりも水に溶けやすくなりますので,吸収率が向上する可能性はあります。

この場合,例えばアミノ酸のカルボン酸の部分(-COOH)がカルボン酸イオン(-COO)の形でマイナス電荷を持つことで金属と結びつき,アミノ基(-NH3)の部分が(-NH4)の形になってプラス電荷を持つことで水に溶けやすい性質を得ることになります。決してこちらのページにあるような「キレート水」なんて科学的にあり得ないようなシステムが存在しているわけではありません。水に溶けにくいような構造のキレート錯体なんてなおさらです。



ただ,嵩高い構造のキレート錯体になりますと,現在私が知っている範囲のシステムでは取り込みにくくなる方向にしか働かないような気がしますので,どこかに良い説明があることをご存じの方がいらっしゃいましたら,私もぜひ教えていただきたいと思います。

というか,個人的には「発酵肥料」のように微生物などを使って肥料を作成することの意義は,意図的に発酵(腐敗)の過程を促進させることにより,それこそ非常に嵩高い構造を持ったキレート錯体などの有機化合物を分解し,植物が利用しやすいような形を持つ無機栄養分を大量に作成させることにあると思っているので,どうしてこういう説明がなされているのかが非常に疑問です。

邪推をすれば,「有機物を無機物に分解している」という字面のイメージが悪いものであると感じる風潮に迎合しているのか,あるいは「どうせ無機物にするんであれば,最初から無機物の化学肥料でもいいんじゃないの?」という批判を避けたいのかな?等と思いますが,実際なんでこういう説明をしているのかは,正直推測しかねています。

植物にはそれぞれの種類により,必要とする無機栄養分の割合が異なっており,もし特定の無機イオンが大量に存在しているような土壌だと,本当に必要としている無機栄養分を吸収できなくなってしまったりすることがあります。そのため,特定の無機物を中心とした化学肥料を用いる場合には,本当はより慎重に目的とする植物と利用している土壌の特性を考えてその混合比を見極めなければいけません。しかし,簡単そうに聞こえても実際にはかなり経験と知識の必要な難しい作業であり,素人が一朝一夕で適切な量の肥料を与えられるものではないように思います。そのため,特に家庭菜園などでは,特定の無機養分に偏っているわけではない有機物由来の肥料(充分に分解・発酵されたものであれば)を用いた方が,比較的容易に良い作物を育てることが出来ているのではないか,と思います。

しかし,戦前までのように植物から得た栄養分を最大限畑に戻すことが出来た時代とは異なり,現代の日本では植物から得た栄養素の大部分(=排泄物,死体)は焼却処分され,元の畑に十分に戻されているとは言い難い状況です。

もちろんこれらを焼却処分することにより得られた衛生面のメリットは非常に大きいものですので,肥だめを日本各地に復活させるべきだ,なんてことは言いません。でも,現実がそのような状況である以上は,日々田畑の土壌から減少している無機栄養分を何らかの形で補填する必要があり,より効率よく失われた栄養分を補充するためには,化学肥料を蛇蝎のごとく嫌って全否定し,生産量が決して多いわけではない有機由来の肥料にだけ頼っていくという姿勢を持ったりなどしたら,とてもやっていけるものではないと思います。

このブログで書いている問題のほぼ全てに言えることなんですが,結局のところいわゆる化学肥料も,有機物由来の肥料も,
正しく使えているかどうかが最大の問題

であって,どちらを使っているかなんていうのは,本質的には些細な問題に過ぎないのではないかと思います。有機物由来の肥料を使っていたとしても,その肥料が十分に発酵(=腐敗・熟成?)されたものでなければ,いわゆる「肥料焼け」を起こしますし,吸収効率も悪くなりますから,まともに成長してくれるかどうかはかなり怪しいものです。その辺はワイルドベリーさんのコメントにもあった「もちろん例外もあって慣行栽培でも上手な人が作ったものは甘みもあって何ともいい味がしますし、有機栽培といっても全然おいしくないものもあります。」という部分なのだと思います。結局のところ,化学肥料も有機肥料も万能ではない,というありふれた事実があるだけなんだと思います。もし化学肥料がそんなに悪いだけの物であるのだとしたら,化学肥料が大々的に導入後,農作物の生産量が大幅に増加したという現実とどう折り合いをつけるのか,という素朴な疑問もわいてきます。

ですから,有機肥料を用いるにしろ化学肥料を用いるにしろ,今自分はどういう成果を求めてどういう行動を行い,その結果として何が起きているのか,と言うことを一つ一つ理解して行動の指針とすることが,一番大切なのではないでしょうか。

といった感じで,ある程度回答になりましたでしょうか。ワイルドベリーさんが行われている発酵肥料による農業は,ある意味昔ながらの方法(肥だめによる熟成)を現代科学の知識(発酵学・微生物学)などで磨き上げたものだと認識しています。ですが,一点だけ。ここまでもいろいろ書きましたが,「土中の微生物によって分解されあるいは再合成されたビタミン類」が植物の生育に有意義な効果を発揮しているとは,少々考えにくいものがあります。そもそも「ビタミン」がなぜ人間にとって珍重されているかと言えば,ビタミンとは「人間が生命活動を行う上で必ず必要なものだけれども,体内で生合性することが出来ない化合物」であるからです。なので,「人間にとってのビタミン」が植物にとっても有効である=「植物のビタミン」である理由は全くありません。というか,そもそも彼らは私たちにとっての「ビタミン」を自分たちで生産し蓄積することが可能なんですから,わざわざ外部から苦労して取り入れる必要がありません。

もちろん微生物が「彼らにとってのビタミン」を生産し,供給していることは充分考えられますし,ある意味微生物が生産してくれる無機栄養分こそが「彼ら(=植物)にとってのビタミン」であるとも言えます。そう言う意味では,前述したとおり発酵肥料を利用した農業は,伝統的な手法を現代科学により向上させた好例となり得る事例だと思うのですが,発酵肥料に関するWebの中には,微妙に現代科学を否定する方向に走っているページが混じっているのが少々残念なところです。

というわけで,相変わらず長くてすいません。何かご意見・ご質問などありましたら,ぜひよろしくお願いいたします。

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雑学 | 17:25:35 | Trackback(0) | Comments(7)
ガンで死ぬ人は増えているのか
これについてはだいぶ前に書きました。「化学物質によりガンは増えている?

相変わらず長々と書いている文章ではありますが,結論は

今の日本ではガン以外ではそう簡単に死なない

ということでした。

ガンって言うのは,ある意味「老化現象」の一つでもありますので,完全に避けるのは非常に難しい病気です。個人個人の症例で代替療法により奇跡的に治ることもあるようですが,統計的に近代医療による治癒率と比較したデータは存在しません。なぜなら代替医療側にその様なデータがほとんどないからです。

近代医療により手を尽くしきった上で,代替医療に頼りたくなる気持ちは分からないでもないですが,闇雲に近代医療を批判し嫌悪して,最初から効果があるか無いかはっきりしないような代替医療にすがるのはお勧めできません。あまつさえ,死亡者に対するガンの割合が増加しているのは製薬会社とか国を牛耳る闇の組織の仕業だなんて話が出てくるようでは,笑い話にもなりません。過酷な労働条件に喘ぎながらがんばっている医療従事者や,1人でも多くの人たちが健康であるために,と,日夜治療法の研究に励む人たちに土下座して欲しいくらいです。どうしても近代医療が信用できない患者自身が勝負に出るならまだ自己責任ですが,少なくとも第三者が無責任に煽ったり勧めたりして良いものではないと思っています。

もう一度言います。近代医療の発展がなければ,「人間はガンで死ぬ前に死ぬ」ケースが圧倒的に多かったのです。この辺,近代的な出産法が確立する前は母子共に健康で出産を終える確率が50%前後であったことを忘れて,必死にがんばっている現代の産婦人科医を批判するのと根っこは同じですね。2,500g以下で産まれた赤ん坊が生き残れるかどうか心配されたのは,たった30~40年前の出来事です。100年前までさかのぼらなくたって,出産は母親にとって命がけの大仕事だったんです。それが妊娠=希望すれば無事出産,という認識を皆が持つようになるために,どのくらいの人たちがどれだけ苦労してきたと思っているのでしょう。

近代科学の発展が人間にとって害にしかならないというのであれば,なぜ産業革命以後,そして石油産業興隆後の世界で爆発的に人口が増えているのでしょうか。

そんな単純で明快な事実が証拠として目の前に提示されているのに,現代社会が人間にとって生きにくい社会であると考えている人が非常に多いというのは,私はとても不思議です。

自分たちが現代社会から普段どれだけ大きな恩恵を受けているのか,一度冷静になって考えるべきだと思います。

テーマ:科学・医療・心理 - ジャンル:学問・文化・芸術

気になる化学リスク | 19:36:04 | Trackback(0) | Comments(1)
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